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福島地方裁判所会津若松支部 昭和41年(ワ)293号 判決 1972年11月27日

原告

渡部清志

被告

庄司市衛

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告らは連帯して原告に対し、金三、七九八、九八〇円およびこれに対する昭和四一年一月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決および一項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

主文一、二項と同旨の判決を求める。

第二請求の原因

(事故の発生)

一  被告庄司は、昭和四一年一月一九日午後五時ごろ、自家用普通貨物自動車(以下被告車という。)を運転して福島県耶麻郡北塩原村方向より西進し、喜多方市南町地区県道北塩原線新道と北町南町の交差点付近にさしかかつた際、たまたま同交差点に北から南に向けて進行してきた訴外佐野勝運転の普通貨物自動車(以下訴外車という。)の後部車輪付近に被告車の右前部車輪付近を衝突させたため、訴外車は同交差点より左(南側)に転移し、たまたま同交差点の南側七メートルほど手前の道路左側端で二輪自動車(以下被害車という。)を停止させて待避していた原告の右大腿部付近に訴外車の右後車輪を衝突させて原告を路上に転倒させ、よつて、原告に対し、約九ケ月間の安静治療を要する右大腿骨開放性粉砕骨折・仮関節形成・右骨挫創・頭部挫傷・右下腿挫滅創・右手部挫傷の傷害を負わせた(以下本件事故という。)ものである。

(被告らの責任)

二 (一) 被告庄司は、右交差点を通過するに当り、同所には信号機がなかつたのであるから、このような場合、左右からの進行車がないことを確認したうえ通過すべき義務があつたところ、これを怠り慢然と右交差点を通過した過失により、訴外車に衝突し原告に前記傷害を負わせたので、民法七〇九条の責任がある。

(二) 被告大房は、被告庄司の雇主であつて、肩書住居で土建業を営み、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであり、しかも本件事故は、被告庄司が同車の運転手として業務である埋立工事用の土砂運搬の仕事に従事中、前記過失により惹起したものである。よつて、被告大房は、自動車損害賠償保障法三条本文および民法七一五条一項本文の責任がある。

(損害)

三 原告は、本件事故により左記の通りの損害を蒙つた。

(一)  医療費等

1 入院治療費等合計金四五万円

原告は、右大腿開放性粉砕骨折・右肩挫創・頭部挫傷・右下腿挫滅創・右手部挫傷の病名で、同年一月一九日喜多方市所在の入沢病院に入院し、同年一二月一〇日退院したが、この間(三三五日間)、右入院一カ月につき金四万円の割合で、計金四四万円(入院一一カ月として計算)の雑費を要したほか、金一万円の義足代を要した。

2 入院附添料合計金二二万二、五〇〇円

原告の附添人訴外上杉ミヨに対し、入院一日金七〇〇円の割合で、右入院期間三三五日分合計金二二万二、五〇〇円の入院附添料を要した。

3 後遺症に基く治療費および通院費合計金一五〇万円

原告は、頭外傷後遺症・右外傷性膝関節炎の病名で、昭和四四年三月から現在まで通院し治療を続けているが、未だ跛行して起居歩行が不自由であるうえ、頭痛・しびれ・吐気等を伴い、正常な活動ができず、休臥を必要とする状況下にある。そこで、右後遺症による治療費および通院費として、年金一五万円の割合で、今後の一〇年分計金一五〇万円を請求する。

(二)  休業補償費金二〇七万六、四八〇円

原告は、昭和二五年から自由業である薪炭業(薪炭各種燃料の販売等)を営み、本件事故による受傷前三年間の平均実収入は年額金四八万円であつたが、右受傷と同時に入沢病院に入院したため、前記入院期間中稼働することができなかつた。また、原告は前記のとおり、退院後も通院加療を続けているが、現在、右大腿骨折のため、三センチメートルの骨欠損を生じ、跛行状況で起居歩行に困難をきたしており、将来完治の見込みはない。右受傷当時、原告は満四八才の働き盛りであつて、今後満七〇才まで稼働し得るものと考えられるから、前記年額金四八万円から生活費を控除した残年額金一八万円(三分の一強)の二三年分計金四一四万円よりホフマン式計算に基き中間利息を控除した金二〇七万六、四八〇円を請求する。

(三)  慰藉料金一六五万円

原告の受傷ことに後遺症の程度、入、通院および前記諸般の事情を考慮すると、原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金一六五万円が相当である。

四 以上三(一)ないし(三)項記載の金員の合算額は金五八九万八、九八〇円であるところ、原告は、昭和四三年一月強制保険金二一〇万円を受領しているので、連帯債務者たる被告らに対し、これを差引いた残金三七九万八、九八〇円および本件事故発生の日である昭和四一年一月一九日から完済に至るまで民事法定利率に基く年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求の原因に対する被告らの認否

一  請求の原因第二、一の事実中、被告車と訴外車が衝突したことは認めるが、被告車が訴外車の後部車輪付近に被告車の右前部車輪付近を衝突させたことは否認する。その余の事実はすべて認める。

同原因第二、二、(一)の事実は否認する。本件事故は、もつぱら、訴外佐野の過失によるものであつて、被告庄司には何ら法律上の責任はない。すなわち、(一)、原告、被告庄司および訴外佐野がそれぞれ運転する車のうちで、本件事故現場において、最初に前記交差点に進入したのは被告車である。しかも、同報告は、右交差点の一五メートル手前から毎時一五キロメートルに減速し、さらに右交差点の五メートル手前では毎時五キロメートルに減速進行し、左右の安全を確めて通過したものである。(二)、ところが、右交差点の北側から南側に向けて、被告車より遅れて進入してきた訴外佐野運転の訴外車が、左右および前方の安全を確認せずに、これまで走行してきた毎時五〇キロメートル位の速度を減速することなく、そのまま慢然と進行したため、前記の通り、減速のうえ、先に同交差点に進入し、危険を感じて急制動をとりつつあつた被告車の前部左側へ訴外車の後部左側を接触させ、その反動で、訴外車は斜めになつたままの状態でスリツプして直進し、被害車に衝突したものである。このような場合、訴外佐野は、被告車の進行を妨げてはならない法律上の義務(道路交通法三五条一項)があるのに、これを怠つた過失があり、その過失によつて本件事故が発生したものである。(三)、仮りに百歩を譲り、被告車と訴外車が同時に右交差点に差しかかつたとしても、被告車の進行する道路は訴外車の進行する道路の左方の道路に当るから、このような場合、訴外佐野は、被告車の進行を妨げてはならない法律上の義務(同法三五条三項)があるのに、これを怠つた過失がある。(四)、被告車は、進行道路の中心線から歩道寄りの左側に沿つて走行したものであるが、訴外車は同車の進行道路の中心線寄りを走行してきたものである。したがつて、訴外車の後部左側と被告車の前部左側が接触したからといつて、被告車が訴外車よりも遅れて右交差点に進入したものと推測することはできない。

同原因第二、二、(二)の事実中、被告大房が被告庄司の雇主であつて、肩書住居で土建業を営み、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故は、被告庄司が被告車で土砂運搬中に発生したものではなく、工事現場からの帰途に発生したものである。

同原因第二、三の事実はすべて否認する。

同原因第二、四の事実中、原告が昭和四三年一月強制保険金二一〇万円を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

第四被告らの抗弁

一  本件事故は、前記の通り、訴外佐野の過失により発生したものであり、被告庄司にはなんら過失なく、また、被告大房は、被告車の運行供用者として、被告庄司が被告車を運転するについて常々厳重な注意をし、無理な運転をしないよう、また、過労運転にならないよう特に監督を怠らなかつた。さらに、被告車の整備についても定期点検を履行し、車のエンジンの音に少しでも異常を感ずるときには、直ちに、車を整備に出すよう指示実行させていたし、降雪に備えてスノータイヤを使用していたものである。本件事故当日も、訴外会津ダイハツ喜多方営業所で車を整備してもらつたばかりであつたから、被告車には構造上の欠陥または機能上の障害は全くなかつたものである。したがつて、被告大房は、自動車損害賠償保障法三条但書により免責されているといわなければならない。

二  仮りに本件事故につき、被告庄司に過失があり、被告らにおいて原告に対し、右過失に基づく損害賠償義務があるとしても、原告にも次の如き過失があるから、右損害額の算定についてはこの点斟酌されるべきである。すなわち、本件事故当時、原告は、さきに遭遇した海難事故で頭部を強打したため健康状態がすぐれなかつたうえ、折からのぼたん雪のため先の見通しが悪かつたのに、前方を十分注意しないで下をうつ向いたまま被害車を運転していたものである。したがつて、本件事故に関しては、原告にも幾何かの不注意があつたものと推測されるからである。

第五抗弁に対する原告の認否

被告らの抗弁第四、一、二の事実はいずれも否認する。

第六証拠〔略〕

理由

一  被告庄司運転の被告車が、昭和四一年一月一九日午後五時ごろ、原告主張の如く北塩原村方向より西進し、前記交差点にさしかかつた際、右交差点に北から南に向けて進行してきた訴外佐野運転の訴外車と衝突し、このため、訴外車が同交差点より南側に転移し、たまたま同交差点の南側七メートルほど手前の道路左側端で被害車を停止させて待避していた原告の右大腿部付近に訴外車の右後車輪を衝突させて原告を路上に転倒させ、よつて、原告に対し、その主張の如き傷害を負わせたことは当事者間に争いがない。

二  まず、原告の右受傷が被告庄司の過失に起因して生じたものであるか否かにつき判断するに、〔証拠略〕を総合すれば(ただし、右甲第五号証および証人佐野勝の証言のうち後記認定に反する部分を除く。)、本件事故当時の状況につき次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、喜多方市字中町二、八八一番地先の市街地で、東西・南北に通しる舗装された平担な道路がほぼ直角に交差する十字型交差点内であるが、同交差点の北側と西側の道路は国道一二一号線、東側の道路は県道喜多方・北塩原線、南側の道路は喜多方市道となつている。右各道路には、いずれも歩車道の区別はなく、その幅員はほぼ同一の約一一メートルである。本件事故当時、右交差点には、国道一二一号線につき昭和三八年八月二日付福島県公安委員会告示第三二号により昼夜とも最高速度三五キロメートル(ただし、本件事故後、昭和四一年一一月八日より同日付同公安委員会告示第五〇号に基き最高速度四〇キロメートルと改正された。)と定められていたほかは、なんらの交通規制も行なわれておらず、同所付近の各道路上は降雪中ですでに積雪量約五センチメートルに達していたうえ、右交差点の各道路の両側にはいずれも商店や人家が立ち並んでいたため、交差する左右の道路に対する見とおしはかなり悪い状況のもとにあつた。

(二)  被告庄司は、前記日時ごろ、約四〇キロメートルの速度で被告車を運転しながら、前記県道喜多方・北塩原線を西進し、右交差点(東側)手前の道路(横断歩道付近)にさしかかつた際、いつたん、交差する左右の道路を望見したが、すでに同交差点に進入し、または進入してくる車両等の存在を認めることができなかつたけれども、前記の如く交差する左右の道路に対する見とおしがかなり悪く、正確かつ広範囲な望見ができなかつたので、交通の安全を期して、直ちに、被告車の速度を約一〇ないし約一五キロメートルに減速し、そのままの速度で、右県道センターラインの左側を徐行しながら同交差点に進入して進行を続け、さらに、同交差点中心線より手前(東側)約三メートルの道路に至つて、これと交差する左右道路の安全を確認するため、まず、右側の国道一二一号線を望見したところ、右国道を北側(右側)から南側(左側)に向け、前記公安委員会の告示によつて定められた最高速度三五キロメートルを超える約四〇ないし約五〇キロメートルの高速度で被告車と同時かあるいは若干これに遅れて右交差点に進入し、減速徐行するなどして前方や左右の道路に対する安全を確認することをせず、慢然と前記高速度のまま右国道センターラインやや右側を進行し、右交差点を突破しようとしていた訴外佐野運転の訴外車を、同交差点中心線より北側約五メートルの地点に発見して、直ちに、急制動の措置をとつたものの間に合わず、同交差点中央部付近で、被告車の左前部車輪付近と訴外車の左後部車輪付近とが衝突し、その反動で、訴外車が斜めになつたままの状態でスリツプして直進し原告に衝突した。

〔証拠略〕のうち、右認定に反する部分は、〔証拠略〕によつて認められる捜査官による関係当事者の再取調べおよび再検証の経緯等に照らしてたやすくこれを採用することはできず、他に右事実を覆すに足る証拠はない。

(三)  前記認定の事実によれば、本件交差点は、道路交通法四二条にいう「交通整理の行なわれていない交差点で、左右の見とおしのきかないもの」に該当することが明らかであるが、被告庄司の右交差点における進行方法は、同条によつて定められた徐行義務に則つた適切なものであつたといわざるを得ず、それ自体なんら咎められるべきものが見出し難いところである。ところで、被告車は、訴外車と同時かあるいはこれよりやや早く同交差点に進入しており、かつ被告車の進路およびこれと交差する南北の道路はほぼ同一の幅員であるから、訴外佐野は、先入あるいは左方の車両の優先を定めた同法三五条一項あるいは三項および徐行義務を定めた同法四二条にそれぞれ従い、被告車の進行を妨げてはならない義務および徐行しなければならない義務を有しているところ、右のような優先通行権が認められている被告庄司としては、当初現認できなかつた車両(訴外車)が、交通法規に従い、右交差点手前(北側)で減速徐行し、被告車の進行を妨げないよう適宜停車しうるような状況で進行し、危険の発生を未然に防止してくれるものと信頼して、前記の如く減速徐行しながら同交差点に進入して進行を続け、前記のとおり至近距離に至つて訴外車を発見し直ちに急制動の措置をとつたものであるから、このことをもつて、被告庄司に過失があつたものということはできない。(訴外佐野が前記交通法規を守つていたならば、被告車と訴外車とが衝突し、その結果原告に傷害を負わせるような事態は発生していなかつたものと思われる。)すなわち、同被告としては右のように交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない同交差点において、危険防止のため被告車を減速徐行しながら同交差点を通過すれば足りるのであつて、訴外佐野のように、一時停止あるいは徐行の処置をとることもなく、あえて交通法規に違反して前記高速度のまま、右交差点に進入しこれを突破しようとする車両のありうることまでも予見して、さらに、同交差点右側の道路の安全を注意深く何度も繰り返して確認し、もつて、事故の発生を未然に防止すべき注意義務はないものと解するのが相当である。

(四)  以上のとおり、本件事故は、被告車と訴外車とが右交差点内で衝突した結果発生したものではあるが、もつぱら、訴外佐野の過失により惹起されたものというべきであつて、被告庄司については右事故につき過失があつたものとは認め難い。

(五)  従つて、本件事故につき、被告庄司について民法七〇九条による不法行為上の責任を問いえないことはもちろん、被告大房についても同法七一五条一項本文による不法行為上の責任を問うことはできない。

三  そこで進んで、被告大房につき自動車損害賠償保障法三条本文による責任があるか否かにつき判断するに、同被告が、被告庄司の雇主であつて、被告車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがなく、本件事故がもつぱら訴外佐野の過失に起因するものであつて、被告大房および被告庄司の過失によるものでないことは前記認定のとおりであり、さらに、〔証拠略〕によれば、被告大房は被告庄司に対し、かねてより被告車の安全運転につき厳重な注意をし、スピード違反をしないように、また、被告車に故障をみつけたら直ちにこれを修理に出すようになどと指示して被告庄司に対する監督を怠らなかつたものであつて、同被告も右指示を守り、これまで本件で問題とされたほかは交通事故を惹起したことはなかつたこと、また、被告大房は、これまで数回被告車の整備につき定期点検を行なつてきたもので、本件事故当日も事前に被告庄司に命じて喜多方市所在の訴外会津ダイハツ喜多方営業所で被告車の制動装置その他の整備点検を行なわせ異常のないことを確認したうえ、積雪によるスリツプ防止のため、被告車の後輪二輪に滑り止めのタイヤチエンをつけさせてこれを運転させたこと、そして、本件事故直後行なわれた喜多方警察署司法警察員の検査によつても、被告車の制動装置や前照灯などになんら異常な点がなかつたこと等被告車に構造上の欠陥および機能上の障害がなかつたことが認められるので、被告らの前記免責の抗弁は理由があるというべく、被告大房は同条但書により免責されているといわなければならない。

四  以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、爾余の点を判断するまでもなく、すでに理由なきものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本朝光)

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